クロガネ・ジェネシス

第27話 エスケープラン!
第28話 封印の炎
第29話 (次回更新予定)
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第三章 戦う者達

第28話
封印の炎



 ドラコニス・ボルトを放った人間。それはもちろん、零児でもネレスでもない。
 2人はその魔術を放った人間がいるであろう方向をに目を向けた。
 自分達が脱出するために渡ってきた橋。その先端の方から、ゆっくり歩いてくる人物が1人。
 紺のローブを身に纏い、身の丈ほどもある魔術師の杖を持つ男。短い頭髪に薄く生えたひげ、堂々とした佇まいでありながら、どこか陰険な印象を受ける瞳。
 それはまさにオルトムス・クレヴァーその人だった。
「フフフフフフ……。また会ったな……。鉄零児。それと、ネレス・アンジビアンだったかな?」
 不気味な含み笑いを浮かべながら、オルトムスは歩いてくる。
「あいつ……!」
 ネレスはオルトムスを睨みつけた。その反応を見て、零児が問う。
「ネル。知ってるのか?」
「私が蛇と戦ってた時に現れて、私に精神寄生虫《アストラルパラサイド》を寄生させた男だよ!」
「なるほど……」
 オルトムスの日誌には、精神寄生虫《アストラルパラサイド》はオルトムスが亜人撲滅のために作った生物兵器らしいということが書かれていた。
 単体で戦闘能力が高いネレスに寄生させるということは、動きを封じるなり何なりをオルトムスが行った可能性がある。そして、ネレスの言葉によってそれが肯定されたわけである。
「まったく驚いた……。宿主を殺すことなく、精神寄生虫《アストラルパラサイド》のみを殺すとは……。いやそれだけではない。キャッスルプラントの真の姿を暴き出し、さらに倒してしまうとはな……。お前達のおかげで、私は貴重な実験サンプルと餌を失うことになってしまった……」
「餌?」
 オルトムスの言葉の意味がいまいち理解できない。餌とは何のことだろうか?
「オルトムス……。いくつか聞かせてもらおうか」
「何を聞く? 鉄零児」
「餌ってのはなんだ? 結局キャッスルプラントってのはなんなんだ?」
 オルトムスは「クククッ」と笑い、返答する。
「いいだろう。教えてやる。キャッスルプラントは自立行動が可能な植物だ。何せあれは植物でありながら、それなりに知恵を持つ。だが、同時に……あれは植物ではないのだよ」
「植物でないことはさっきまで戦ってて分かってる!」
「そうか……。ならばこういわねばなるまい。あれは植物の皮を被りし魔獣であると……」
「魔獣?」
「そう、魔獣だ。植物であることを生かし、優美な花の香りを撒き散らし、動物をおびき寄せてはそれを食らい、餌とすることによって自らの養分とする。そうやって200年もの間、あれは生きてきた。しかし、自身の死の危機に瀕すると、真の姿を現すようになる。それが、お前達が先ほど全力で戦って倒した、あの獣としての姿と言うわけだ。餌というのはキャッスルプラントにおびき寄せられた蛇どもを私が研究用に捕獲したことに由来する。キャッスルプラントという餌があれば、実験のサンプルには困らない」
「……」
「他に何か聞きたいことは?」
 オルトムスは零児に更なる質問を促す。
「今更俺達になんの用だ?」
「フッフフフフフフフ……」
 オルトムスはまたも不気味な含み笑いをした。
「何がおかしい!」
「決まっている……ささやかな復讐だよ……。お前達のおかげで私の研究成果が全て無に帰してしまった。研究の記録こそ別の記憶媒体に記憶してあるから問題ないものの、作り上げられた毒物やらなんやらはまた作り直しだ。私はお前達にささやかな復讐として死を提供し、ストラグラムに帰国した後に再びゆっくりと研究を続けるさ。私の目的はあくまで亜人の撲滅。私はそのために、今後も活動を続けることだろう……」
 オルトムスは歩みを止めない。悠然とした足取りで零児とネレスがいる広場へと歩いてくる。
「そうかよ……。だが、俺達だって黙って殺されてなんかやらないぜ?」
「好きにするがいい……。お前達はどの道私に殺される運命にある。せいぜいあがいて私を楽しませてくれ……。フッ……フフフフ……ハッハッハッハッハ……!」
「最後に1つ聞く! なぜ俺の問いに答えた?」
「遺言くらいは聞いてやっても、バチは当たるまい……」
 始めて会ったときと同じ問いに、オルトムスはまったく同じ答えを返した。
「ついでに言うと……私は元々聖職者だったものでね……子羊の懺悔《ざんげ》を聞いてやるのも仕事のうちだったのだよ。ただ、それだけのことだ」
 広場の端と端、零児とネレス。その眼前に、2人が対峙するオルトムス。
「ああそうかよ……。こい! 決着をつけよう! 俺達はお前を捕らえて、ルーセリアの役人に突き出してやる!」
 零児の戦いは殺すことではない。あくまで生かして捕らえること。それをはっきり意識し、零児は啖呵を切った。

「クロガネくん。私が先行する」
「ネル?」
「魔力……残ってないんでしょ?」
「……」
 今の零児は魔力切れ寸前の状態だ。それに伴い、体力面でも少々心もとない。ネレスの申し出は零児には嬉しかった。
「頼りにしてるぜ。だけど、殺さないようにな」
「分かってるよ!」
 ネレスはどこか嬉しそうに頷いた。
「アース・クロー!」
 オルトムスが魔術を発動させる。地面に無数の穴が開き、それが零児とネレス目掛けて突進してくる。それは地面から突き出た、風の刃だ。
 2人は左右に跳んでそれを回避する。ネレスは回避と同時に魔術を発動させた。
「ヴォルテックス・マグナム!」
 ネレスの拳から竜巻が発生し、それがオルトムス目掛けて飛んでいく。
「レイ・バリア!」
 オルトムスはさらなる魔術を発生させる。自身を魔力の防御壁で包み込み、ネレスの発動させた魔術に対して突進を敢行する。ネレスの竜巻を弾き飛ばし、オルトムスはその体躯からは想像できない速さでネレスの目の前までやってきた。
「な……!?」
「甘いわ小娘!」
 あいている右手から、ネレス目掛けて拳が放たれる。ネレスはそれを跳躍で交わした。
「おおおおお!」
 その時零児がオルトムスに、ドレインズ・エアの刃を向けて、走る。オルトムスは涼しい顔で再びレイ・バリアを発動させた。
 レイ・バリアの正面から突き立てられた零児の刃。その瞬間、オルトムスは驚愕した。
「何!? これは……!」
 レイ・バリアは一瞬にして消えうせた。消失する防御壁。それはドレインズ・エアによって魔力が吸収された結果である。
 防御壁消失でオルトムスの体を貫くかと思われた刃。オルトムスはその刃を右手で掴むことで止めた。
「何!?」
 今度は零児が驚愕する番だった。並みの動体視力では防御壁が消えると同時に突進を再開した刃を手で受け止めることなど出来はしまい。
 オルトムスはその凄まじい握力でその刃を掴んで放さない。ドレインズ・エアは突くための剣だ。先端以外はただの細い棒に過ぎない。それゆえに掴むことが可能なのだ。
「なんだこの魔剣は……。私の魔力を……。否、魔力そのものを吸収しているとでも言うのか?」
 オルトムスがドレインズ・エアの刃を掴んでいる間にも、魔力の吸収は続き、零児に供給される。しかし、このままでは零児は身動きできない。
「この……! 放せ!」
 ドレインズ・エアをオルトムスから引き離そうとするが、オルトムスの握力の前にびくともしない。
「かつてこのような魔剣を私は見たことがあっただろうか!? 否! ない! 素晴らしいぞ!」
 何がどう素晴らしいのか、零児にはまったく理解できない。
「サイクロン・マグナム!」
 その時、オルトムスの動きが止まったことを察知し、ネレスが攻撃に転じた。狙いは魔術師の杖だった。
 乾いた音が響き渡る。オルトムスの左手に持っていた魔術師の杖がネレスの拳によって真っ二つに折れたのだ。
「ヌッ……貴様!」
 オルトムスは怒りをあらわにした。
「なっ……うわぁ!」
 全身が一瞬にして浮き上がる感覚。景色がめまぐるしく変化し、方向感覚を失う。脳が強く揺さぶられる衝撃を感じながら、オルトムスは零児を、ネレス目掛けて投げ飛ばした。
 投げ出された零児の体はネレスに激突し、2人一緒に地面に倒れる。
「クロガネくん。大丈夫?」
「あ、ああ……!」
 2人は立ち上がる。オルトムスは好奇の目で零児を見ている。
「貴様その剣……どこで手に入れた?」
「放すつもりなんか無いね!」
 吐き捨てるような零児の台詞。
「よかろう! お前は殺さん! お前は別の意味で私の研究に役立ちそうだ!」
 オルトムスは折れた魔術師の杖を投げ捨てる。同時に右腕の袖から赤黒い触手を伸ばしてきた。再び零児の体が宙に浮く。触手が零児を捕らえたのだ。触手は万力のような力で零児の体を締め上げる。
「うああああああああ!!」
 悶絶する零児。その声を耳にし、ネレスは全身を捻り、魔術を発動させようとした。
「サイクロン・カノン!!」
 前進をバネにして放たれる風の拳。その一撃は、触手を一瞬にして分断させた。
 零児は触手から解放されなんとか着地する。
「クロガネくん!」
「大丈夫だ!」
「フフン……」
 オルトムスが鼻で笑い、再び触手を伸ばしてくる。触手は零児の腹部目掛けて飛んできたが、零児はその攻撃を横に跳んで回避する。同時に触手は零児が回避した方向へと薙ぎ払いを敢行。
「……!!」
 零児の体が再び宙に浮き、地面に叩きつけられる。
「あう!」
「大丈夫か?」
 嘲りと皮肉を同時に含ませたなんとも嫌な笑みを浮かべて嘲笑するオルトムス。
「くぉんのおおお!」
 鬼の如き怒りをたぎらせ、ネレスがオルトムスへ突進する。
「サイクロン・マグナム!」
 拳が風をまとい、オルトムス目掛けて放たれる。しかし、その拳によって、オルトムスにダメージを与えることは出来なかった。
 理由は単純だ。拳が手の平で受け止められてしまったからだ。
「そんな……!」
「クックク! きかん! きかんぞ!」
 余裕の笑みを浮かべるオルトムス。右腕の袖から生えていた触手がネレスの体に巻きつき締め付ける。
「ああああ!!」
 余裕の笑みを浮かべるオルトムス。しかし、その余裕はすぐに消え去ることになった。
 放たれた赤い光弾。オルトムスは自ら目掛けて飛んでくるそれに対し、回避行動を取ることも出来ず、あまった左手で受け止めた。
 それは零児の放った魔術だった。
「ぐああああ!」
 激しく焼け付く痛みと熱。オルトムスの左腕はローブごと肩まで焼け上がる。
 痛みのためかネレスの体に巻きついていた触手はネレスを解放する。同時に右腕の裾に触手が戻っていく。
「小僧おおおおお!!」
 痛みのためか怒りのためか、眉を吊り上げた形相は悪鬼の如き醜さを露呈する。その醜悪な顔のまま、零児に向かって突進するオルトムス。零児が回避行動を取るよりも早く、接近し、右手から拳を放つ。
「させないよ!」
 ネレスがオルトムスの背後から後頭部目掛けてかかと落としを放つ。その衝撃に一瞬オルトムスの動きが止まる。零児はその隙をついてその場から離れようとした。しかし、次の瞬間、オルトムスは再びドレインズ・エアの刃を掴んだ。
「こいつ……!」
 オルトムスを伝って、魔力が零児に流れ込んでくる。
「私の魔力を使って魔術を放ったのか……!」
 オルトムスは自身の口を大きく開いた。そしてその口の中から芋虫のようなものが姿を現した。
「ア、精神寄生虫《アストラルパラサイド》!?」
 口内に姿を現した精神寄生虫《アストラルパラサイド》は、赤いスライムは口を形成し、ドレインズ・エアの刃に噛み付いた。
 零児の元に大量の魔力が奔流となって流れ込んでくる。同時にスライムもその形を失い始める。が、同時にドレインズ・エアの刃の部分が溶かされ、噛み砕かれ形を失っていった。
「このぉ……放せ!」
 魔力の奔流が止まる。同時にドレインズ・エアが解放された。ドレインズ・エアは先端から刀身がほとんどが失われ、剣としての役割をつとめることが不可能な形になっていた。
 しかし、それよりも変化が激しいのはオルトムス自身だった。
「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」
 オルトムスの口から現れた精神寄生虫《アストラルパラサイド》それが生み出したスライムはドロドロに溶けて無くなった。続いてオルトムスの顔が干し柿のようにしおれていき、赤黒く変色していく。
 オルトムスはドレインズ・エアを取り込んだのだ。同時に口から、鼻から、目から、黄色い息のような魔力が噴出ている。人間の魔力容量《キャパシティ》の限界を超えている。オルトムスの体内におさまらないのだ。
「ク、クロガネくん……!」
「これは……!」
『ハハハハハハハ!! 魔剣の力! 取り込んでやったぞ! ハハハハハハハ!!』
「奴め……人の形を失うつもりか!」
 オルトムスの体中から赤いスライムが溢れてくる。体内から溢れる魔力を際限なく食らっているのだ。
「まずいよクロガネくん! あんなの私達の手に負えないよ!」
「分かってる! けどどうすれば……」
 スライムは徐々に巨大化を始めた。目に見えて巨大化していくそれは、広場を徐々に覆いつくしていく。このままでは零児とネレスは広場から押し出されて落ちるか、スライムに取り込まれるかのどちらかしかない。
「あれは……!」
 零児はそこで気づいた。
 オルトムスのものではない、もう1つの魔術師の杖が落ちている。それは火乃木に渡しそびれていた魔術師の杖だった。
 零児はそれを拾い上げる。
「ネル! お前の魔力を貸してくれ!」
「どうするの!?」
「俺が魔術を唱える! 2人分の魔力で奴を攻撃するんだ!」
「クロガネくん、魔術唱えられるの?」
「ああ! 魔術学科だった頃は成績いい方だったしな!」
「分かった!」
 零児は右手で魔力の杖を構え、ネレスもその右手を包み込むように両手を添える。そして零児は魔術を唱え始めた。
 オルトムスはすでに人の形を失っていた。赤いスライムによって全身を包まれ、際限なく巨大化していく。
 零児はそれに構わず魔術を唱えていく。
 ――負けられない! 俺には、まだやらなければならないことがあるんだ!
「クロガネくん……私……」
「―――――――――」
 零児は呪文の詠唱に集中している。ネレスの声は聞こえていないかもしれない。
「生まれて始めて……生きたいって思えたよ。クロガネくんのおかげで……だから……」
『ムダなことを……』
「……!!」
 直後、オルトムスの声が聞こえた。もっともそれが、精神寄生虫《アストラルパラサイド》を介したオルトムスの声なのか、精神寄生虫《アストラルパラサイド》そのものの声なのかは分からない。
 ネレスは1度魔術師の杖から手を離し、刃をほとんど失ったドレインズ・エアを拾い上げる。そして零児の右手に左手を添え、右手のドレインズ・エアをスライムに向ける。
「私だって、攻撃以外の魔術を使える!」
 自らの右手に装着されたグローブ。ドレインズ・エアとの2重媒体で、ネレスは魔術を発動させる。
「ストーム・ウォール!」
 零児とネレスの周りを大きな竜巻が包み込む。2人は今まさに台風の目となっていた。
『ハハハハハハ!』
 スライムは巨大な手を作り出す。その手が竜巻の壁に触れた。その手の一部は竜巻によって吹き飛ばされる。しかし、それでも完全に吹き飛ばすことは出来ず、スライムの手は2人に向かっていく。
 ネレスはドレインズ・エアをスライムの手に向けた。そのスライムの手にドレインズ・エアが触れた瞬間。魔力がネレスに流れ込んできた。まだ魔力を吸収する力は失われていないようだ。
『ムウウウウ!!』
 スライムの手が引っ込んでいく。魔力が吸収されるのは不利と見たようだ。
『こうなったら、このスライムスベてで、おマエタチをオオイつくしてやる!!』
 スライムがそう言った。
 2人の周囲を赤いスライムが津波となって襲い掛かる。
 竜巻の壁はスライムを弾き飛ばすが、圧倒的物量のスライム全てを吹き飛ばすことは出来ず、竜巻そのものがスライムに飲み込まれていく。
「クロガネくんは、私が守る!」
 ネレスはドレインズ・エアを介してさらに魔力を送り込んだ。2人の周囲を回る竜巻の壁は先ほどより一回りサイズが小さくなる代わりに強固な竜巻の壁を形成する。
 しかし、やはりスライムの物量には敵わない。最初のうちは風に煽られる波の如く弾き飛ばしていたスライムは、幾重にも重なり、竜巻の壁を飲み込み始める。
「う、ううううううう! こ……ここまで……なの?」
 眼前に迫る赤いスライムの津波。
 その時、零児とネレスの前に赤い魔方陣が出現した。
「出来た!」
「クロガネくん!」
「ありがとうなネル!」
「うん!」
 ネルは軽くウインクした。
「オルトムス! 受けてみるがいい!」
 ストーム・ウォールが解除される。同時にネレスと零児、さらにドレインズ・エアで吸収した魔力が魔術師の杖に集約する。
「ヒートシール・スクウェア!!」
 スライムの頭上と地面にそれぞれ4つずつ、合計8個の赤い点が出現する。8つの点は線で結ばれ、四角柱を形成する。スライムはその内部に閉じ込められた。
『こ、これは……!』
 その内側で巨大な火柱が立ち上り、スライム全体を炎で包み込んだ。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
 オルトムスの断末魔がこだました。地獄の釜の如き四角柱。その内部に封じられたスライムは、高熱の炎に晒された。やがてスライムは粘度を失い、サラサラの水になっていった。
 が、炎はスライムの液状化でや飽き足らず、さらに蒸発させていく。
 そして、零児が生み出した魔術も消滅した。
 白い煙が辺りを包み込む。それは少しずつ晴れていった。数秒の後、2人の目にオルトムスの姿が映る。
 全身が赤黒く変色した肌で、オルトムスは不気味に佇んでいた。魔力を大量に取り込んだ影響か、体が妙に膨れ上がっている。しかし、その状態は逆にオルトムスに悪影響を与えていた。魔力を過剰に取り込んだため、肉体面に深刻なダメージを与えていたのだ。
「き、貴様ら……よくも……」
 オルトムスは肩で息をしている。醜悪な顔で零児とネレスを交互に睨みつけている。
「観念してもらおうかオルトムス。お前はここまでだ……」
「ず、図に乗るな……小僧……! 貴様等などに……私は捕まりはせぬ……。せめて、道連れに、貴様らとともに滅びてくれる!」
 オルトムスは右手から触手を伸ばす。その触手を地面に突き刺した。
「アース・クエイク……」
 そして、そう一言唱えた。その途端。広場そのものが大きく揺れ動き始めた。
「何をしたオルトムス!」
「フフフフフフ……!」
 オルトムスは含み笑いを浮かべるのみで何も答えない。そしてオルトムスの立っていた地面が崩れ落ちた。
「なっ……!?」
「地獄で合おう! クロガネレイジーーーーー…………!!」
 落下し行くオルトムスは最後まで不気味な笑みを浮かべていた。
 さらに、今度は零児が立っていた地面が崩れ落ちた。零児の体が落下を始める。
「う、嘘だろ!」
「クロガネくん!」
 ネレスは落下を始めた零児の元へと向かう。自らも落下することを省みず、底の見えないドーナツ状の穴へダイブする。
「ネル! 何やって……!」
 零児が抗議するより早く、ネレスは零児を抱きしめた。
「クロガネくん!」
「ネル何してるんだよ! このままじゃ2人揃ってお陀仏だってのに!」
「クロガネくんを死なせなんかしないよ!! 私は……私は、クロガネくんが……!!」
 落下しながらネレスは叫ぶ。そして、零児の耳元で何かを囁いた。
「……!!」
 ネレスはそれを伝え、零児を強く抱きしめた。
「だから、クロガネくんを死なせない!」
 朝日が離れていく。暗い暗い穴のそこへ向かっていく。
 ――これで終わりなのか? 俺の命。やだな……結局俺……火乃木に返事してないのに。ネルにだって……思いを告げられて……。こんな中途半端に俺……死んじまうのか?
 零児は目を閉じた。死の覚悟なんて決まっていない。だけど、このまま死んでしまうのなら、せめて痛くないようにと思いを込めて。
 その時だった。
 2人は気づいていなかった。自分達に接近してくる何かの存在に。その存在は2人を背中に乗せて、再び空へ向かって羽ばたいていった。
 落下の感覚が無くなったことを感じ、零児とネレスは目を開いた。
 何があったのかと目をしばたかせる。
「間に合ったようですね……良かった」
 その声はトレテスタ山脈の宿屋の主、ラックスのものだった。
 3人は飛行する何かの背に乗っているのだ。
 離れていた空が近づいていく。太陽の光が再び2人を包み込む。
「助かったのか……俺達……」
「そうですよ。進さんという方が、私を連れてきてくれだんです」
 3人の体を預けている何かはドーナツ状の穴から脱出し、アーネスカ達のいる場所へと向かう。
「無事だったか2人とも!」
 進が歓喜の声を上げる。それは、アーネスカ、火乃木、シャロンも同じだった。
「2人とも! ラックスさんに感謝しなさいよ!」
「レイちゃん……ネルさん……2人とも無事でよかった……」
「そうだね……良かった」
 零児とネレスはお互いの表情を見詰め合う。
「ネル」
「な、なに? クロガネくん」
 ネレスはしどろもどろになりながら返答した。
「あ、いやその……なんでもない」
 その反応を見て零児もまたしどろもどろになってしまう。
「あ、う、うん……ごめん……」」
 2人はどちらからともなく目をそらした。
 それは悪夢が本当の意味で終わりを告げた瞬間。
 太陽が2人の生還を祝福しているようだった。
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